土地の調査の始まりは戦国時代から

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土地の調査の始まりは戦国時代から

◆豊臣秀吉の太閤検地からはじまった

不動産の登記の義務化が4月より始まりました。これは、日本全国の面積を合わせると九州の面積よりも広いと言われる所有者不明土地を解決するための制度です。不動産の登記制度の始まりといえる土地の精密調査の取り組みは、戦国時代までさかのぼります。皆様もご存じの通り、全国統一を成し遂げた豊臣秀吉は、農民の田畑の広さを一筆ごとに測り、太閤検地を行いました。土地を収穫量で表す石高などを定めるためです。これが、全国ではじめての統一的な土地の調査だと言われています。太閤検地と同じ要領の土地調査は江戸時代にも続きました。土地の測量のはじまりは、年貢を徴収するためのものだったということです。江戸時代に入っても土地の検地はたびたび行われ、農民は検地帳に名前が記されることで耕作権を与えられ、それと引き換えに、高い年貢の支払いも割り当てられました。これが現代の不動産に関係する税金にもつながっていきます。

◆所有権の考え方は明治に入ってから

江戸時代までは耕作権と年貢の関係による権利のようなものでした。明治になっても政府の財源の多くは「米」でしたが、米は年によって収穫量に差があり不安定だったので、政府の財源も不安定になります。そこで、政府が財政基盤を安定化させるために行った土地と租税の改革が地租改正です。土地の所有者に、所有者の名前や面積、地価などが記載されている証書を交付して、これまでの収穫高による米の租税を土地の値段に置き換えて、現金による納税に切り替えたのが土地所有の始まりです。ただ、最初の納税の設定は、土地の価格の3%とされており、農民の負担はとても高かったと言われています。そのような多くの農民の苦しみや、政府の知恵によって生まれた地租改正が現在の公図の基本にもなり、明治32年の不動産登記法の施行につながっていきます。

本日は以上です。次回もちょっと気になったことをピックアップしお届けいたします♪

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